長崎県立盲学校
本文へジャンプ



本校に素晴らしい 愛唱歌ができました!!


 昨年の1214日、本校の体育館において、作曲をしてくださった小林研一郎先生、永井隆記念館館長永井徳三郎様、長崎如己(にょこ)の会の方など多数の来賓をお迎えして、愛唱歌「愛のうた」の発表会が盛大に行われました。
 その模様は、テレビや新聞等でも広く報道されました。
 この曲の詩は、昭和2553日に行われた本校浦上校舎の落成祝賀会に寄せて、随筆『長崎の鐘』で有名な長崎医科大学教授であった永井隆博士から、心温まる言葉と共に贈られたものです。
 当時本校は長崎市上野町(現在の中国総領事館)にあり、永井博士は同じ町の住人として、常に本校の児童生徒を見守ってくださっていました。
 また博士は、昭和24年に7名の児童生徒がお見舞いに如己(にょこ)堂を訪問したお礼として、桜の苗木50本を贈ってくださいました。本校が、現在地(時津町)に移転する際に移植できませんでしたが、平成232月に、長崎如己(にょこ)の会から「永井千本桜」2世の苗木を4本いただき、正門近くに植樹しました。このときのご縁で、長崎如己(にょこ)の会の方にご尽力いただき、世界的に著名な指揮者・作曲家の小林研一郎先生に、曲をつけていただけることになりました。曲名は、詩の内容から児童生徒職員全員で考え決めました。
 本校の愛唱歌ですが、永井隆博士の詩には、愛と平和が込められています。また、小林研一郎先生のメロディは、多くの皆さんに希望と勇気を与えるものです。これから先、本発表会の感激と感謝の気持ちを胸に、長崎はもとより東日本大震災の被災地にも届くように、心を込めて歌い広めていきたいと思います。歌詞は当日、小林研一郎先生により追加修正が行われました。近日中には楽譜も掲載する予定です。
 

写真1:学校長からの愛唱歌ができるまでの説明
写真1:学校長からの愛唱歌ができるまでの説明


写真2:来賓の方々とたくさんの報道陣
写真2:来賓の方々とたくさんの報道陣

写真3:発表会の全体の様子
写真3:発表会の全体の様子


写真4:歌唱指導の様子1
写真4:小林研一郎先生による「愛のうた」の歌唱指導の様子@



写真5:小林研一郎先生による「愛のうた」の歌唱指導の様子A


写真6:永井隆博士から贈られた愛のうたの原文
写真6:永井隆博士から贈られた愛のうたの原文

 歌詞は以下のとおりです。

長崎県立盲学校愛唱歌

愛のうた」

永井隆/作詞  小林研一郎/作曲


1 いつも明るい 心の青空
  かがやく愛の 愛の光よ
  いのち尊く わたしは生きて
  あたたかい 愛の 愛のわざを
  わたしは生きる 人のために
  わたしは生きる 世のために
  わたしは わたしは 生きる

2 いつも明るい 心の花園
  さえずる 愛の 愛の小鳥よ
  いのち尊く わたしは生きて
  ほがらかな 愛の 愛のうたを
  わたしは生きる 人のために
  わたしは生きる 世のために
  わたしは わたしは 生きる



 昨年12月に行われた永井隆博士作曲・小林研一郎先生作曲「愛のうた」愛唱歌発表会は多くのテレビ・新聞のニュースで取り上げられ、広く歌を知っていただくることになったと、職員・児童生徒一同皆喜んでおりました。
 そんな折、平成24年1月4日本校管理棟玄関に投函があり、「先日のニュースを見ました。生徒達の唄声に感動しました。これは活動資金として使ってください。山崎」という文書とともに現金が同封されていました。
 学校で検討した結果、児童生徒全員が関わる行事(体育祭、文化祭等)に使用するため、生徒会費に繰り入れ児童生徒の活動資金とすることにしました。寄贈されました方へ感謝しますとともに、使途についてご報告いたします。

                       平成24年2月  

長崎県立盲学校長  

島田 幸一郎


トップページへ